昨年の今頃の思い出

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フィレンツェ、 ジョットの鐘楼よりドゥオーモを望む。

ありそうでない?夫のガンバッタ一枚。
(私はジョットの鐘楼は登っていない)
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by nefeltahli | 2014-06-06 21:22 | イタリア トスカーナの休日

シエナ芸術と戯れる日々

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毎朝、サン・ドメニコ教会の鐘の音で目が覚める。

シエナの街はふたつの山を合わせた地形で成り立っている。
だから、ホテル側(サン・ドメニコ教会のある丘)から大聖堂に行くには、
急な坂道を降り、再び急勾配を上らなければならない。
こんな坂道、冬場は凍結してオチオチ降りることなんて出来ないだろうな、
ってほどにすごい坂。
シエナ滞在中、この坂道を何度上り下りし、
何度カンポ広場を横切ったことか。

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遠景と近景の繰り返し。
シエナの赤レンガを焼く太陽と教会の冷たい大理石。
明と暗。
野趣溢れる料理と繊細なシエナ美術。

強烈なコントラストの連続で、私の五感は飽和状態となる。
中心が中心を生み出し、次第にグラグラと時空が歪む。
artという輪の重なりの中心で、トランス状態に陥る。
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by nefeltahli | 2006-11-11 20:46 | イタリア トスカーナの休日

ノスタルジーを探して

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 アンドレイ・タルコフスキー監督の映画作品「ノスタルジア」を観たのは、2003年の頃だったと思う。
 この映画を観るまで、私がこんなにもイタリアの田舎に導かれるような旅をし始めることになるとは予想だにしていなかった。まさにこの映画があったからこそ、ウンブリアのサン・セポルクロやマルケ、トスカーナに憧憬を抱くことになったのだ。それまではケニアやエジプトなどの北アフリカの原始美術に夢中で、東はインドのマトゥラーやカンボジアのクメールなどの中央~東アジアの美術に強く引かれ、実際に旅をした。カンボジアのアンコールワット遺跡群の中になるバイヨン寺院では、少しでも涼しい午前中のうちに遺跡にはいり、一生懸命スケッチをした。今にもスコールがくるのではないかと感じられるほど、飽和状態の湿度がmuse紙に染み込む絵具の邪魔をし、中々乾かなくて苦労した。今でもその薄塗りの水彩画作品は大切な思い出の作品となっていて、ときどき引っ張り出しては眺めている。(私は過去に描いた作品を滅多に見直すことがないが)
 少し話がそれてしまったが、「ノスタルジア」には恐ろしく多くの魅力的なキーワードやimageが盛り込まれている。しかも、それぞれが精緻にして卓越した監督の再現・構築力と、膨大な時間をかけて作りこまれたところに「永遠」と「死」の予告を観る者に伝える。聖カテリーナと慈悲の聖母、子供が欲しくて祈祷する女性たちと不思議な男性たちの言動、厳しいトスカーナの自然を高い湿度と濃霧の、ぼんやりとした中に感じさせつつ、しょうしょうとした無言の、しかし五月蝿いほどの雨のシーンからはロシアの凍土を彷彿させる。有名なラスト・シーンには一場面に主人公(アンドレイ・タルコフスキー自身の人生と夢の世界)の人生を構築しているimageによって構成されている。
 そのシーンの背景に使われているのが、最初の画像のSan Galgano(サン・ガルガーノ)修道院の、今現在の廃墟となった姿です。映画とは全く違い、からっと晴れた湿度の低い午後、太陽光線をむき出しになった煉瓦が一身に受け止め、なんともあっけらかんとした姿を見せていました。周囲にはがっくりと肩を落とす向日葵(ひまわり)畑が。盛夏にはさぞかし黄金色の美しい向日葵たちの笑顔を観ることができたことでしょう。向日葵の天真爛漫さと今にも音をたてて崩れ落ちそうなサン・ガルガーノの外壁のコントラストも魅力的でしょうね。しかし私が訪れたこの乾ききった向日葵と廃墟のコントラストからは、もはや遺跡と化した教会の真の力、そんな強さを感じさせるという逆転が起きているのではないか、と感じました。

 サン・ガルガーノの近くには小さな教会があり、元騎士だった聖ガルガヌスが平和のシンボルとして打ち込んだ剣が、岩に突き刺さった状態で保存されています。(説の信憑性はいかがなるものか、はさておき)左に続く礼拝堂にはアンプロージョ・ロレンツェッティの「玉座の聖母」を中心とした、壁全体に広がるフレスコ画があります。
 私がこの礼拝堂を訪れたとき、堂内ではミサが行われていました。その際に開帳されたであろう、ガラスケースの聖遺物がそのまま見えてしまいました。聖遺物には様々な形や様式がありますが、ここの聖遺物はその安置の仕方からいってかなり異様な雰囲気がありました。普段はヴェルヴェットの赤い布に覆われていて、一般には紹介していないようでした。



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夕日の中、シエナの街に戻るとパレードが。
沢山の女性と母子が幼児をバギーに乗せて、ドラムをガンガン鳴らしながらの大行進。
女性たちは「われらは狼の娘なり」(という意味だと思う)と声を上げる姿には、母の強さと女性たちの誇りに満ちた笑顔の美しさがありました。

夕焼けも終わりの夜7時半ごろ。やっと私たちは長い1日を終えることになりました。
画像最後で食べたピスタチオのニョッキは本当に摩訶不思議かつ美味な一品!
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真っ暗なか、キャンドルひとつというテーブルの演出だったので、おおっぴらにカメラを出すことは出来ず、、、しかしぴゃぴゃ!っと携帯で撮りました♪ピスタチオの爽やかな萌葱色が出ていなくて残念です。
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by nefeltahli | 2006-10-19 12:28 | イタリア トスカーナの休日

Sant'Antimo

山合いの田舎道を走るときはいつも吉井和哉の歌が頭を流れる。

感情や気持ちや考えを歌で伝えるロマの人々のように、
砂の瀑布をくぐるヴェドウィンの人々のように、
気持ちが流れ、感情が澄むような、そんな感覚が満ちてくる、そんな感じ。

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糸杉の道の間から、なんとも魅力的な形の教会がみえてきた。

「Sant'Antimo・・・  。」 (と、先生がつぶやく。その目線はかの教会に釘付け)

日本から準備した資料には載っていないその教会の名前に、
私は心臓をぎゅっと掴まれた。
バッグからカメラを取り出すことさえできないほど、手が腕がこわばった。

だから、携帯で遠景から一枚。

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教会内ではシトー派の僧侶たちの古代(ラテン語)の言葉がカノンの大合唱。
オルガンもメロディもない。平坦でシンプルな音階・音域で語られる彼らの言葉は美しい。
教会内に入ったときは真っ暗で殺風景な内陣に、一瞬たじろぐけれど、
空(くう)にまなざしをむけ、遠くにキリスト像を感じ、そのむこうの光をとらえる。
そして天(梁がむき出しになった天井)を仰ぐとそこに無数の光の筋束が。

こんなとき、ふとepokheさんの言葉を思い出しました。ヒカリハカミ。(ちょっと表現は違ったか?)
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by nefeltahli | 2006-10-13 12:09 | イタリア トスカーナの休日

シエナ滞在2日目

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シエナ2日目はバスで遠出し、周囲を崖に囲まれたモンテ・オリヴェート・マッジョーレ僧院に向かった。
出迎えてくれたのはロッビア派の彩色テラコッタ。生まれて初めて観る鮮やかな青。

この人里はなれた場所にひっそりと佇む僧院には、『聖ベネディクトの生涯』Vita di S.Benedettoのフレスコ画の大回廊Chiostro Grandeがある。
その36作品をじっくりと観ることは、とても知的体力の要る作業だった。

「知的」という部分ですでに私は落伍者なので、
事前に用意した日本語資料を頼りに、
ちゃっかりイタリア人の研修パーティの後ろに付いて、
講師の説明を(英語とイタリア語)必死でリスニングするので精一杯。(宗教の専門用語?が多くて意味が全然わかんないけど)
ただ、英語やイタリア語に疎くても、図像には英語やイタリア語よりも1000年以上の前に写生された物語が描かれているので、
主人公らしき人々の持ち物や風景の描写から、その作品がいつ頃、どこで、何をテーマに描かれたものかはおおまかに解る。
解らない箇所や不明な点はメモし、後で母校の大学芸術学研究室にmailで質問しよう。

ここで初ソドマSodomaに感動。

古い絵を観ていると、その下絵の状態やさらにその下に描かれているカルトーネ(下書き)が透けて見え、そこに時代時代の僧侶や画家たちの息遣いを感じ、気持ちが高ぶる。

さてさて、お昼ご飯は田舎のリストランテでトスカーナ料理に舌鼓を打とう!
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by nefeltahli | 2006-10-06 12:43 | イタリア トスカーナの休日

シエナ

フィレンツェは後に再び戻る予定なので通り過ぎ、
今は中距離バス(通称:プルマン)で一路シエナへ。
バスの窓の外に広がるトスカーナ地方特有の雄大な地形に驚愕。

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プラムや桃の木、オリーブの木、
もちろん葡萄畑はこの世の果てまで続いているかのよう。
永遠の楽園とは、こういった光景をいうのではないだろうか。

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ネット予約した三ツ星ホテルにチェックイン。
ネット予約割引価格+連泊割引で格安で泊まることができた。
素朴なタイル床に大理石のバス・ルーム。
上質なアメニティは使い心地がとてもよい。
イタリアを訪れる度、日本から持ち込むものが減って行く。
ハーブ入りの石鹸、バス・ジェル、シャンプーやリンスも好感触。

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シエナといえば、とりあえずカンポ広場へ!
市庁舎を見上げると真っ青のトスカーナの空に、
まさしく本場の「バーント・シエナ」色の建物が美しいコントラストを描いていた。

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美人のオーナーがいる果物屋さんで大好物の無花果を二種類買い、
カンポ広場で頬張る。
柔らかくて素朴な甘さの中にぷちぷちと弾ける感触がたまらない♪
週末のせいか、街角のあちこちで新郎・新婦がこの世の幸せを謳歌する姿が。
滞在中、私はいくつもの結婚式に遭遇した。
どの結婚式も花嫁も花婿も、シエナの街を舞台にして生きる人々の姿として、
私の目に力強く映った。
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by nefeltahli | 2006-10-03 12:17 | イタリア トスカーナの休日

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1泊だけのボローニャ滞在だったのが、悔しかった。

ボローニャは世界最古の大学があり、ヨーロッパの国々から学生が集まってくる街です。
そして、あらゆるイタリア高級ブランドの店が建ち並ぶそのポルティコ(柱廊)は、
恐ろしく豪華でこちらの視線を釘付け!

私は背が高いので、日本国内ではなかなか自分に合うサイズがありません。
折角毎年イタリアにくるんだから、今年こそは私のサイズにあう素敵な洋服を・・・
なんて思うけれど、やっぱりまだまだケチ根性が抜け切れず、
今回もお金持ちが集まる街・ボローニャでもウィンドゥショッピングで終わってしまいました。

しかも、レイトチェックアウトのため、正午にはホテルに戻らないといけません。
お金持ちになってからまたくるよ、ボローニャ。(いうとくだけ、ただ)

午後13:46ボローニャ発エウロ・スターで、フィレンツェS.M.N(サンタ・マリア・ノヴェッラ駅)まで移動。
エウロ・スターもネットで予約済みだったので、とてもスムーズに移動できました。
あ、でもホーム移動にエレベーターかエスカレーターが無かったようなので、
スーツ・ケースを持つ身としては、ちょっと厳しかったですよ~。

フィレンツェ到着後、駅の近くのバス・ターミナルにてシエナ行きのプルマン(中距離移動バス)に乗り込む。
約一時半弱であっというまにシエナに到着しました。
途中、初めて見るトスカーナの悠大で豊かな丘陵が続く景色に驚愕しました。
自国の国民の食べるものは自国で生産することが出来る国、イタリア。
また、古い文書から古代・中世のお料理を現代に甦らせる努力を惜しまない自国への誇りが素晴らしい。

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小粒だけど、色が濃く、香りの強い果物たち。
とても安価。
画像右下の杏や無花果は大好物です。
プロシュートハムやサラメと一緒に食べたいなぁ。
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by nefeltahli | 2006-09-29 11:28 | イタリア トスカーナの休日

ボローニャ

次はどこにいこうか。
地図を詳細に調べ、開いている教会をチェック。
聖ドミニコかな?うん、そうね。
ポルティコが途切れるとこまで歩いて・・・そこでモデナ産バルサミコ酢を買って、
また歩いて・・・見えてきた?
うん!聖ドメニコがお出迎えやわ♪

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【サン・ドメニコ教会】S.Domenico
 1228~38年にドメニコ修道会士によって建てられ、1728~32年にカルロ・フランチェスコ・ドッティ Carlo Francesco Dottiが今の形に改築した。
 13世紀の今は修復されたファサード左にバルダッサーレ・ペルッツィ Baldassare Peruzziの設計によるギジラルディGhisipardiの礼拝堂(1530~35年)がある。
 内部は17世紀に改築されたを保っている。右側廊には荘厳な聖ドミニクスの礼拝堂cappela di S.Domenico(1597~1605年)。後陣ドームにはグイド・レーニの「聖ドミニクスの栄光Gloria di S.Domenico」のフレスコ画があり、そこに聖ドミニクスの石棺 acra di S.Domenicoがある。この聖人の物語を描いた棺の制作はニコラ・ピサーノに発注され、1265~67年に弟子のアルノルフォ・ディ・カンビオ Arnolfo di Cambio、パーニョ・ディ・ラーポ Pagno di Lapo、フラ・グリエルモ fra'Guglielmoらの手で作られた。
 ボローニャの守護諸聖人の像のシーマ(くり形、1494年)はニッコロ・デッラルカ、右の天使と聖ペトロニウス、聖プロクルスの像(1494年)はミケランジェロの作である。石棺の背後に聖ドミニクスの頭骨を入れた聖遺物箱がある。これはヤコポ・ロゼートの重要な作品(1383年)である。
 右翼廊の祭壇にグレルチーノの「聖トマス・アクイナス S.Tommaso d'Aquino」が描かれている。
 聖堂内陣右礼拝堂にはフィリッポ・リッピの「聖カテリナの神秘の結婚 Sposalizio di S.Caterina」。
 中央後陣には寄木細工の聖歌隊席(1541-51年)。
 建物の上部の、金色に彩色されたコーニスには、パルトロメオ・チェージの「キリストの公現」と、その両側に「聖ニコラウスと聖ドミニクスSs.Nicola e Dominico」が描かれている(1595年)。
 左翼廊の右礼拝堂にジュンタ・ピサーノのカンヴァス画「キリスト磔刑」(1250年)と14世紀のトスカーナ派の作品「タッデオ・ペポリの埋葬sepolcro di Taddeo」。
 左側廊にあるアントニオ・テッリビリア Antonio Terribiliaの設計(1515年)したギリシャ十字の第7礼拝堂祭壇にデネイス・カルファートの「受胎告知」。第5礼拝堂(外側は後期ゴシック様式の多角形構造)は1460年の構造で、、カルファート、チェージ、カッラッチ、レーニ、アルバーニその他が描いた「ロザリオの15玄義」がある。
 三方が壁に囲まれた次の広間にはフランチェスコ・シモーネ・フェッルッチ Francesco Simone Ferrucci作のアレッサンドロ・タツターニAlessandor Tartaniの記念像。
 第2礼拝堂にルドヴィコ・カッラッチの「聖ライモンド・デ・ペニャフォルトS.Raimondo di Penaforto」。
 右側廊奥の聖具室から博物館Museoに入る。ここにはニッコロ・デッラルカのテラコッタの聖ドミニクスの胸像(1474年)、1460年作の福音史家聖ヨハネの頭像のある美しい円形画、絵画ではリッポ・ディ・ダルマジオの「ビロードの聖母子」、壁からはがされたルドヴィコ・カッラッチのフレスコ画数点。その他交唱歌集、金銀細工宝石類、祭壇用掛け布・聖衣類が収蔵。
 教会右側廊から「死者の回廊つき中庭chiostoro dei Morti」(14-15世紀)に通ずる。聖ドミニクスの礼拝堂の後陣とロマネスク=ゴシック様式の鐘楼(1336年)がそびえている。

 イタリア旅行協会公式ガイド2 イタリア北部 NTT出版発行 1995年 より一部抜粋し訂正・修正しました。

何かのご参考に。内容的には誤植などが見られるものの、イタリア美術史を学ぶ人には最適な美術観光ガイドブックです。中身があまりにも濃いために、なかなか改訂版が出ないのが玉に瑕。
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by nefeltahli | 2006-09-23 09:30 | イタリア トスカーナの休日

旅の初日、「長い昨日」が過ぎた「今日」は、時差のせいで少し身体の節々がだるい。

朝6時起床。
ホテルでコールド・ビュッフェ(採点:惜しい!70点)をとり、
早速、地図とお手製資料ファイルとカメラを持ち、
たった半日しか滞在できないボローニャをどう回るかミーティング。

とはいえ、飛行機内で美術関連資料と数冊の本を読破したK嬢と、
今回の訪問都市を地図上で何度も仮想散歩した私とのミーティングは20秒程度で終わり。

「聖フランチェスコ教会へ。」

うん。いってみよう。

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ボローニャ駅近のホテルから15分ほど、早朝の柱廊の街を歩く。
ポルティコ(柱廊)のおかげで、飛行機の旅で疲れている足どりも軽やか。
ポルティコが途切れたところに、忽然と現れた、聖フランチェスコ教会。

来た、、、来た来た!

イタリア熱が、私の身体を温め始める。

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ファサード前の広場の美しい敷石。
ヴィザンティンのテッセラを扱うモザイク職人たちの影響が、ここにあるのだろうな、と。

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主祭壇にはすぐには行かない。
私のような無心論者もどきには、正視できないカトリック的美しさがある。
まずは、おぼろげな、その、形骸化された何か、だけをぼんやりと眺めるだけ。

早朝八時半。
一般の教会よりもここは少し早起き。
周囲にはボロをまとった浮浪者らしい人影が、
蝋燭の火をゆらめかせるだけで、その存在を僅かに知らせてくれる。ひたすらに静寂。


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教会建築には必ずある、中庭と井戸と回廊。
そこから二つの教会の塔を見上げる。
フランチェスコの鳩たちが、ざぁっと飛び立つ。
観光客は全くいない。

光と鳩と、フランチェスコの息遣いが、
清らかな空気に潜んでいる、そんな空間。


【サン・フランチェスコ教会S.Francesco】
 広い教会前庭のあるフランチェスコ修道会士の教会は1236~63年に建立。19世紀末に修復後、戦後再建された。中央扉口の前に柱廊式小玄関がある。
 中に入ると、左脇に後期ゴシック様式の聖ベルナルディヌスの15世紀の礼拝堂がある。
 二つの塔の低いほうの鐘楼は、1260年のもの。もう一方はアントニオ・ディ・ヴィンチェンツィオの1402年の作。
 内部はフランス・ゴシック様式の影響が見られる。
 主祭壇の上には、ピエール・パオロ・ダッレ・マザーニェ Pier Palo dalle Masagne とその弟子たちによるゴシック様式の大理石の、非常に優美な祭壇用衝立(ついたて)がある。(1392年)
 壁際にはルネッサンス期の墓所になっている。その中には、聖堂内陣席を囲む内陣と後陣(第6礼拝堂)に、フランチェスコ・フェルッチFrancesco Ferruci作のアルベルガーティAlbergatiの墓所。左側廊にニッコロ・ランベルティNiccolo Lamberti(1424年)とスペランディオ・ディ・バルトロメオSperandio di Bartolomeo(1482年作)のアレクサンデル5世の墓所。
 聖具室Sagrestiaはアントニオ・ディ・ヴィチェンツォによる14世紀末の作。13世紀にうにヴェルシタス・アルティスタルムUniversitas Artistarumのグループが集まっていた修道院には、14世紀末の「死者の中庭chiostoro dei morti」(二つの鐘楼が見える)があり、大学の総長たちの墓所がある。また2層の回廊(1460~1571年)のある「大きな回廊付き中庭shiostoro Grande」(マルピーギ広場から入る)もある。
(イタリア旅行協会公式ガイド2 NTT出版発行 1995年 より抜粋)
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by nefeltahli | 2006-09-19 19:40 | イタリア トスカーナの休日

ここ三年来の私のイタリア旅行は、今まで繰り返してきた、
いわゆる安穏としたバックパッカー旅行とは全く違うタイプのものです。

私にとって、イタリアは「学ぶ」ところです。
歴史、宗教、美、食、住、衣、、、
どれをとってもイタリアには最高水準のものが今でも保存・継続されています。

ただ、どんな美しい絵画、素晴らしい建築物でも時の経過とともに「風化」され、
いつの日が崩れ去ってしまう時が必ず来ます。
時にはバーミヤン遺跡のように、突然人間の手によって破壊されることもあります。

物言わぬ遺跡が何故破壊されるのか。

それはそれ自身の存在に大きな意味があるからです。
美術・ARTの世界はいずれ壊れることを前提に創造されているからこそ、
今現代に生きる人間はそれらをよく理解し、大切に扱い、
そこから多くのことを学ぶとることが大切だ、と私はいつも思います。

美術は歴史の勝者であり、雄弁な歴史の目撃者たちです。
彼らの存在が語る意味を読み取ることにチャレンジしに、
半徹夜状態で資料を揃え、準備万端でイタリアに行ってきました♪
大学の学友Kちゃんと共に。

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ルフトハンザ・ドイツ航空にて、フランクフルトにてヨーロッパ線乗継。
アルプス山脈を越えて一路イタリア・ボローニャ空港へ。
なんて美しいアルプスの山並み。
息を呑む(ほんとに呑んだ)美しさに「きれいね・・・」を連発。
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by nefeltahli | 2006-09-18 01:41 | イタリア トスカーナの休日

日々のメモ
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