YS11、30日引退 唯一の国産旅客機、41年で
 唯一の国産旅客機YS11が、30日夕の沖永良部-鹿児島間の日本エアコミューター(JAC)便を最後に日本の定期航空路線から姿を消す。1965年の初就航から41年。日本のローカル路線を中心に、世界各地の航空会社でも導入され「丈夫で長持ち」と評された名機の引退を関係者は惜しむ。
 「国内には戦闘機の開発経験者しかおらず、旅客機の開発は苦労の連続だった」。こう振り返るのは59年4月、製造会社の日本航空機製造(日航製)に富士重工から出向し、設計を担当した鳥養鶴雄さん(75)。
 運航開始後も、湿気対策や手荷物入れの高さ調整など、航空会社から次々と出される要望に頭を悩ませた。「国産機育成のため、日航製と航空会社が一体になって取り組んだ。そんな時代だった」と懐かしむ。

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by nefeltahli | 2006-09-30 11:18 | 日々のメモ

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1泊だけのボローニャ滞在だったのが、悔しかった。

ボローニャは世界最古の大学があり、ヨーロッパの国々から学生が集まってくる街です。
そして、あらゆるイタリア高級ブランドの店が建ち並ぶそのポルティコ(柱廊)は、
恐ろしく豪華でこちらの視線を釘付け!

私は背が高いので、日本国内ではなかなか自分に合うサイズがありません。
折角毎年イタリアにくるんだから、今年こそは私のサイズにあう素敵な洋服を・・・
なんて思うけれど、やっぱりまだまだケチ根性が抜け切れず、
今回もお金持ちが集まる街・ボローニャでもウィンドゥショッピングで終わってしまいました。

しかも、レイトチェックアウトのため、正午にはホテルに戻らないといけません。
お金持ちになってからまたくるよ、ボローニャ。(いうとくだけ、ただ)

午後13:46ボローニャ発エウロ・スターで、フィレンツェS.M.N(サンタ・マリア・ノヴェッラ駅)まで移動。
エウロ・スターもネットで予約済みだったので、とてもスムーズに移動できました。
あ、でもホーム移動にエレベーターかエスカレーターが無かったようなので、
スーツ・ケースを持つ身としては、ちょっと厳しかったですよ~。

フィレンツェ到着後、駅の近くのバス・ターミナルにてシエナ行きのプルマン(中距離移動バス)に乗り込む。
約一時半弱であっというまにシエナに到着しました。
途中、初めて見るトスカーナの悠大で豊かな丘陵が続く景色に驚愕しました。
自国の国民の食べるものは自国で生産することが出来る国、イタリア。
また、古い文書から古代・中世のお料理を現代に甦らせる努力を惜しまない自国への誇りが素晴らしい。

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小粒だけど、色が濃く、香りの強い果物たち。
とても安価。
画像右下の杏や無花果は大好物です。
プロシュートハムやサラメと一緒に食べたいなぁ。
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by nefeltahli | 2006-09-29 11:28 | イタリア トスカーナの休日

あなくやしや

マシュー・バーニー『拘束のドローイング』をまたもや見逃した。
前回大阪上映も逃していたので、もう観る機会はないかもしれない。

目の前にゲレルト温泉の写真を貼っている。
『クレマスター』さえも見逃してしまっている。
神戸でマシュー・バーニーはもう取り上げられないのだろうか。
今年の冬は、もしかしたらブダペストに行くかもしれない。
もしもいけたら、必ずゲレルト温泉でクレマスターしよう♪
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by nefeltahli | 2006-09-27 23:39 | oboegaki

ボローニャ

次はどこにいこうか。
地図を詳細に調べ、開いている教会をチェック。
聖ドミニコかな?うん、そうね。
ポルティコが途切れるとこまで歩いて・・・そこでモデナ産バルサミコ酢を買って、
また歩いて・・・見えてきた?
うん!聖ドメニコがお出迎えやわ♪

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【サン・ドメニコ教会】S.Domenico
 1228~38年にドメニコ修道会士によって建てられ、1728~32年にカルロ・フランチェスコ・ドッティ Carlo Francesco Dottiが今の形に改築した。
 13世紀の今は修復されたファサード左にバルダッサーレ・ペルッツィ Baldassare Peruzziの設計によるギジラルディGhisipardiの礼拝堂(1530~35年)がある。
 内部は17世紀に改築されたを保っている。右側廊には荘厳な聖ドミニクスの礼拝堂cappela di S.Domenico(1597~1605年)。後陣ドームにはグイド・レーニの「聖ドミニクスの栄光Gloria di S.Domenico」のフレスコ画があり、そこに聖ドミニクスの石棺 acra di S.Domenicoがある。この聖人の物語を描いた棺の制作はニコラ・ピサーノに発注され、1265~67年に弟子のアルノルフォ・ディ・カンビオ Arnolfo di Cambio、パーニョ・ディ・ラーポ Pagno di Lapo、フラ・グリエルモ fra'Guglielmoらの手で作られた。
 ボローニャの守護諸聖人の像のシーマ(くり形、1494年)はニッコロ・デッラルカ、右の天使と聖ペトロニウス、聖プロクルスの像(1494年)はミケランジェロの作である。石棺の背後に聖ドミニクスの頭骨を入れた聖遺物箱がある。これはヤコポ・ロゼートの重要な作品(1383年)である。
 右翼廊の祭壇にグレルチーノの「聖トマス・アクイナス S.Tommaso d'Aquino」が描かれている。
 聖堂内陣右礼拝堂にはフィリッポ・リッピの「聖カテリナの神秘の結婚 Sposalizio di S.Caterina」。
 中央後陣には寄木細工の聖歌隊席(1541-51年)。
 建物の上部の、金色に彩色されたコーニスには、パルトロメオ・チェージの「キリストの公現」と、その両側に「聖ニコラウスと聖ドミニクスSs.Nicola e Dominico」が描かれている(1595年)。
 左翼廊の右礼拝堂にジュンタ・ピサーノのカンヴァス画「キリスト磔刑」(1250年)と14世紀のトスカーナ派の作品「タッデオ・ペポリの埋葬sepolcro di Taddeo」。
 左側廊にあるアントニオ・テッリビリア Antonio Terribiliaの設計(1515年)したギリシャ十字の第7礼拝堂祭壇にデネイス・カルファートの「受胎告知」。第5礼拝堂(外側は後期ゴシック様式の多角形構造)は1460年の構造で、、カルファート、チェージ、カッラッチ、レーニ、アルバーニその他が描いた「ロザリオの15玄義」がある。
 三方が壁に囲まれた次の広間にはフランチェスコ・シモーネ・フェッルッチ Francesco Simone Ferrucci作のアレッサンドロ・タツターニAlessandor Tartaniの記念像。
 第2礼拝堂にルドヴィコ・カッラッチの「聖ライモンド・デ・ペニャフォルトS.Raimondo di Penaforto」。
 右側廊奥の聖具室から博物館Museoに入る。ここにはニッコロ・デッラルカのテラコッタの聖ドミニクスの胸像(1474年)、1460年作の福音史家聖ヨハネの頭像のある美しい円形画、絵画ではリッポ・ディ・ダルマジオの「ビロードの聖母子」、壁からはがされたルドヴィコ・カッラッチのフレスコ画数点。その他交唱歌集、金銀細工宝石類、祭壇用掛け布・聖衣類が収蔵。
 教会右側廊から「死者の回廊つき中庭chiostoro dei Morti」(14-15世紀)に通ずる。聖ドミニクスの礼拝堂の後陣とロマネスク=ゴシック様式の鐘楼(1336年)がそびえている。

 イタリア旅行協会公式ガイド2 イタリア北部 NTT出版発行 1995年 より一部抜粋し訂正・修正しました。

何かのご参考に。内容的には誤植などが見られるものの、イタリア美術史を学ぶ人には最適な美術観光ガイドブックです。中身があまりにも濃いために、なかなか改訂版が出ないのが玉に瑕。
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by nefeltahli | 2006-09-23 09:30 | イタリア トスカーナの休日

一部、URL記入の無い方からのコメントがありましたので、エントリーを削除しました。
コメントするときは、ご自身のURLを表記した上でお願いします。

 (友人・知人のみなさまは「非公開」などを利用してくだされば、URL無しの書き込みOKです。)
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by nefeltahli | 2006-09-22 17:09 | oboegaki

げんぶ堂

ロミーナがラジオで

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by nefeltahli | 2006-09-19 23:06 | oboegaki

旅の初日、「長い昨日」が過ぎた「今日」は、時差のせいで少し身体の節々がだるい。

朝6時起床。
ホテルでコールド・ビュッフェ(採点:惜しい!70点)をとり、
早速、地図とお手製資料ファイルとカメラを持ち、
たった半日しか滞在できないボローニャをどう回るかミーティング。

とはいえ、飛行機内で美術関連資料と数冊の本を読破したK嬢と、
今回の訪問都市を地図上で何度も仮想散歩した私とのミーティングは20秒程度で終わり。

「聖フランチェスコ教会へ。」

うん。いってみよう。

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ボローニャ駅近のホテルから15分ほど、早朝の柱廊の街を歩く。
ポルティコ(柱廊)のおかげで、飛行機の旅で疲れている足どりも軽やか。
ポルティコが途切れたところに、忽然と現れた、聖フランチェスコ教会。

来た、、、来た来た!

イタリア熱が、私の身体を温め始める。

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ファサード前の広場の美しい敷石。
ヴィザンティンのテッセラを扱うモザイク職人たちの影響が、ここにあるのだろうな、と。

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主祭壇にはすぐには行かない。
私のような無心論者もどきには、正視できないカトリック的美しさがある。
まずは、おぼろげな、その、形骸化された何か、だけをぼんやりと眺めるだけ。

早朝八時半。
一般の教会よりもここは少し早起き。
周囲にはボロをまとった浮浪者らしい人影が、
蝋燭の火をゆらめかせるだけで、その存在を僅かに知らせてくれる。ひたすらに静寂。


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教会建築には必ずある、中庭と井戸と回廊。
そこから二つの教会の塔を見上げる。
フランチェスコの鳩たちが、ざぁっと飛び立つ。
観光客は全くいない。

光と鳩と、フランチェスコの息遣いが、
清らかな空気に潜んでいる、そんな空間。


【サン・フランチェスコ教会S.Francesco】
 広い教会前庭のあるフランチェスコ修道会士の教会は1236~63年に建立。19世紀末に修復後、戦後再建された。中央扉口の前に柱廊式小玄関がある。
 中に入ると、左脇に後期ゴシック様式の聖ベルナルディヌスの15世紀の礼拝堂がある。
 二つの塔の低いほうの鐘楼は、1260年のもの。もう一方はアントニオ・ディ・ヴィンチェンツィオの1402年の作。
 内部はフランス・ゴシック様式の影響が見られる。
 主祭壇の上には、ピエール・パオロ・ダッレ・マザーニェ Pier Palo dalle Masagne とその弟子たちによるゴシック様式の大理石の、非常に優美な祭壇用衝立(ついたて)がある。(1392年)
 壁際にはルネッサンス期の墓所になっている。その中には、聖堂内陣席を囲む内陣と後陣(第6礼拝堂)に、フランチェスコ・フェルッチFrancesco Ferruci作のアルベルガーティAlbergatiの墓所。左側廊にニッコロ・ランベルティNiccolo Lamberti(1424年)とスペランディオ・ディ・バルトロメオSperandio di Bartolomeo(1482年作)のアレクサンデル5世の墓所。
 聖具室Sagrestiaはアントニオ・ディ・ヴィチェンツォによる14世紀末の作。13世紀にうにヴェルシタス・アルティスタルムUniversitas Artistarumのグループが集まっていた修道院には、14世紀末の「死者の中庭chiostoro dei morti」(二つの鐘楼が見える)があり、大学の総長たちの墓所がある。また2層の回廊(1460~1571年)のある「大きな回廊付き中庭shiostoro Grande」(マルピーギ広場から入る)もある。
(イタリア旅行協会公式ガイド2 NTT出版発行 1995年 より抜粋)
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by nefeltahli | 2006-09-19 19:40 | イタリア トスカーナの休日

ここ三年来の私のイタリア旅行は、今まで繰り返してきた、
いわゆる安穏としたバックパッカー旅行とは全く違うタイプのものです。

私にとって、イタリアは「学ぶ」ところです。
歴史、宗教、美、食、住、衣、、、
どれをとってもイタリアには最高水準のものが今でも保存・継続されています。

ただ、どんな美しい絵画、素晴らしい建築物でも時の経過とともに「風化」され、
いつの日が崩れ去ってしまう時が必ず来ます。
時にはバーミヤン遺跡のように、突然人間の手によって破壊されることもあります。

物言わぬ遺跡が何故破壊されるのか。

それはそれ自身の存在に大きな意味があるからです。
美術・ARTの世界はいずれ壊れることを前提に創造されているからこそ、
今現代に生きる人間はそれらをよく理解し、大切に扱い、
そこから多くのことを学ぶとることが大切だ、と私はいつも思います。

美術は歴史の勝者であり、雄弁な歴史の目撃者たちです。
彼らの存在が語る意味を読み取ることにチャレンジしに、
半徹夜状態で資料を揃え、準備万端でイタリアに行ってきました♪
大学の学友Kちゃんと共に。

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ルフトハンザ・ドイツ航空にて、フランクフルトにてヨーロッパ線乗継。
アルプス山脈を越えて一路イタリア・ボローニャ空港へ。
なんて美しいアルプスの山並み。
息を呑む(ほんとに呑んだ)美しさに「きれいね・・・」を連発。
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by nefeltahli | 2006-09-18 01:41 | イタリア トスカーナの休日

時差ぼけの夢

時差ぼけなので、3時間眠っては目が覚める、
つまり、レム睡眠とノンレム睡眠のワンセット=3時間を見事に体現する2日間を送っている。

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by nefeltahli | 2006-09-13 05:53 | oboegaki

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